私たちは金庫を、単に「分厚い鉄の箱」だと考えがちです。しかし、特に防盗性能を謳う金庫の内部には、泥棒のあらゆる破壊行為を想定し、それを無力化するための、驚くほど巧妙で知的な防御技術が隠されています。金庫を破壊するのがいかに困難であるかを知ることは、自力での破壊がいかに無謀であるかを理解することに繋がります。まず、金庫の「鎧」である外壁の構造です。一枚の鋼鉄板でできているわけではなく、多くの場合、性質の異なる複数の素材を組み合わせた「積層構造」になっています。例えば、外側は粘り気のある鋼板で衝撃を吸収し、その内側にはドリルなどの回転工具に非常に強い、焼き入れ処理された超硬合金の板を配置する。さらにその内側には、コンクリートや特殊なセラミック素材を充填し、ドリルやカッターの熱を吸収・拡散させるといった工夫が凝らされています。これにより、単一の工具による攻撃では、容易に貫通できないようになっているのです。そして、金庫の防御技術の真骨頂とも言えるのが、「リロッキング装置(再施錠装置)」という名の「罠」です。これは、金庫の頭脳である錠前部分が、ドリルやハンマーによる不正な攻撃を受けたことを感知すると、自動的に作動する独立したロック機構です。通常、デッドボルト(かんぬき)は錠前と連動して動きますが、リロッキング装置が作動すると、全く別の場所から飛び出した複数のボルトが、デッドボルトを内側から完全に固定してしまいます。一度この装置が作動すると、たとえ元の錠前を完全に破壊したとしても、扉は二度と開かなくなります。これは、泥棒に「これ以上やっても無駄だ」と諦めさせるための、いわば金庫の最後の抵抗なのです。このように、金庫は単なる箱ではなく、攻撃を予測し、それに対抗するための能動的な防御システムを備えた、静かな要塞。その設計思想には、財産を守り抜くという、作り手の強い意志と、犯罪者との長きにわたる知恵比べの歴史が刻み込まれているのです。
破壊から守る金庫の知られざる技術