「ボールペン一本で、鍵のかかったスーツケースのファスナーが簡単に開いてしまう」。これは、インターネットの動画サイトなどで広く知られるようになった、衝撃的な事実です。しかし、なぜあんなにも簡単に、頑丈に見えるファスナーがこじ開けられてしまうのでしょうか。その秘密は、ファスナーが持つ、構造上の「弱点」にあります。ファスナーは、「エレメント」と呼ばれる小さな歯が、左右から噛み合うことで閉じる仕組みになっています。そして、そのエレメントを噛み合わせたり、引き離したりする役割を担っているのが、私たちが手で動かす「スライダー(引き手)」です。通常、このスライダーがロックされているため、ファスナーは開きません。しかし、ボールペンの先のような、硬くて尖ったものを、閉じた状態のエレメントの間に強く突き刺すと、その一点に力が集中し、噛み合っていたエレメントが強制的に引き離されてしまいます。一度、数センチでもこじ開けることに成功すれば、そこが突破口となり、あとは指でスルスルと、いとも簡単にファスナー全体を開けていくことができるのです。この手口のさらに恐ろしい点は、侵入の痕跡がほとんど残らない可能性がある、という点です。中身を抜き取った後、犯人がロックされたままのスライダーを、開いたファスナーの上を一度通過させると、なんと、エレメントは再び噛み合い、元通りに閉じた状態に戻ってしまうのです。持ち主は、目的地に着いて荷物を確認するまで、盗難に遭ったことに全く気づかない、というケースも少なくありません。この弱点に対抗するため、最近では、ファスナーのエレメントが二重構造になった「ダブルファスナー(セキュリティファスナー)」を採用したスーツケースも登場しています。これは、通常のファスナーよりもこじ開けに対する耐性が格段に高くなっています。また、ファスナー部分を覆うカバーが付いているデザインや、ハードタイプのスーツケースを選ぶことも、この手口に対する有効な対策となります。自分のスーツケースが、このような脆弱性を抱えている可能性があるという事実を知っておくことは、防犯意識を高める上で非常に重要です。